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辛夷の花

葉室 麟 著 辛夷の花

 

 大変面白かったです。一気に読めました。

 ある朝、澤井家長女「志桜里(しおり)」は庭に出て辛夷の蕾を見つめながら、今年は辛夷の花が咲くのは遅いかもしれない、と思った。そのとき、男の声がした。

 『辛夷に花はお好きですかな』

 志桜里が振り向くと、生垣越しに着流し姿の「木暮半五郎」が立っているのが見えた。志桜里は顔を下げて、

 『特に好きというわけではございません。ただ、春先に咲く花ですから、いつごろ花が開くのか気になります』

 と答えた。出来るだけ半五郎の顔を見ないようにした。内心では一度も話したことがない他家の女人に気安く声をかける半五郎は慎みのないひとと思った。

 半五郎は最近引っ越してきたばかりであった。半五郎は『抜かずの半五郎』と仇名されていた。それは半五郎が太刀の鍔と栗形を浅黄色の紐で結んでいることだ。

 志桜里は昨年、嫁していた「船曳」家から不縁となって実家に戻っていた。

 半五郎はさらに

『それがし、このほど船曳様と同役になりました』

 半五郎はさりげなく「船曳栄之進」の名をだした。志桜里は眉をひそめて、

『わたくしは不縁になりました身でございますから、船曳様のお話をいたすのは憚らなければなりませんので』

 と言いながら、腹立たし思いにかられた。別れた夫の名を聞かされるのは、女にとって辛いことだとなぜ察しないのだろう。

 半五郎は目を瞠って、顔を赤くした。

『これは失礼いたした。------』

 

 

 

✰✰✰✰✰

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